不妊症・男性不妊・人工授精・体外受精・胚移植・AID・精子バンク等の不妊治療・不妊専門クリニック。
INTERVIEW
精子提供を受けた夫婦が語る、
絆で繋がれた家族

無精子症や精子に受精能力がないと診断された際には、第三者の精子提供という形で妻の配偶子を用いた人工授精を試みることができます。しかし、現在の日本では、認知度が低い治療法が故に、精子提供に対する誤った認識があり治療に踏み出しづらい現状があります。今回は、精子提供でお子さんを授かったSOYAMAXさん(夫)と晴菜さん(妻)に当院の鴨下医師が聞き手となり、当事者としてのお二人の精子提供に対する考えをお聞きしました。

無精子症と妊活に至るまで

鴨下:まず、soyamaxさんの経歴と病気の件についてお聞かせいただけますか?
SOYAMAX:僕は、1983年生まれの新潟県新潟市出身で、高校を卒業するまでは新潟で過ごしていました。卒業して東北電力の新入社員になったんですけど、入社して2ヶ月で悪性リンパ腫のステージⅣと診断されたんです。そして、抗がん剤治療と放射線治療、骨髄移植を行った2年間の闘病生活で生殖機能を失いました。
その後、2008年に東北電力を辞めて沖縄に行ったんです。24歳の時でした。今度は調理師免許を取って、調理師として働いてたんですけど、趣味で続けていた書道の作品が美術館のオーナーさんの目に留まったことがきっかけで「筆で飯を食べてみよう」と思い、書道家として活動を始めました。2014年くらいに台湾のアメリカンスクールで一日講師をやってくれないかという声がかかったのが縁で、現在は家族3人で台湾に住んでいます。
鴨下:お二人が出会った時、晴菜さんは沖縄で何をされていたんですか?
晴菜:看護師です。私は名古屋の生まれで、消化器外科で働いていたんですけど、違う場所で働いてみたいなという思いから、沖縄の派遣ナースに応募して移住しました。沖縄にはいろんな集まりがあって、料理を作ってみんなで楽しむ会に誘われて行ってみたら、変な人が料理をしてるな〜っていうのが夫との出会いでした。
鴨下:ご結婚されてから、子どものことを考えるようになったんですか?
晴菜:私は結婚する前からずっと子どもが欲しいと思っていたんですけど、夫は結婚してからも二人で生きていこうというスタンスでした。なので、自分は子どもが欲しいっていう思いを伝えて、とりあえず子どものことも考えてみようという話になりました。

妊活中に感じた温度差

鴨下:私は無精子症の患者さんに対して、なぜ養子ではなく、提供精子の医療を選択されましたかという質問を必ずするようにしてるんですけど、お二人はどうですか?
晴菜:もちろん養子縁組も考えました。調べれば調べるほど、私たちに遠い存在のように思えました。夫は元ガン患者で、なおかつ自由業で家に居ないことも多い。だから、精子提供よりも養子縁組の方がハードルが高く感じました。それに、自分が出産を経験してみたかったというのももちろんあります。
鴨下:どのように精子提供者を探したんですか?
晴菜:英語のサイトで出会った日本に住んでいるフランス人の方に連絡を取って、現地に足を運びました。
鴨下:でも、この時はまだSOYAMAXさんは二人で生きていこうっていうスタンスなんですよね?
SOYAMAX:そうですね。
鴨下:SOYAMAXさんが子どもに関して前向きに考えていない時に、奥さんが精子提供という方法で妊活していることをどう思われていましたか?
SOYAMAX:妻は走り始めるともう止められないんですよ。ただ、妊娠って思うように結果がついてくるものだと思っていなかったので、できなければ、二人でやっていければいいかなって思っていました。
晴菜:でも私が妊娠したことを知った時、夫は最初、すごくショックを受けていたんですよ。「妊娠してしまったか・・」みたいな。なので、自分がシングルになって育てる覚悟もしていました。
鴨下:もちろんお二人の選択はお二人の正解なんですけど、私は日頃、不妊治療の場合は、二人の子どもをつくるんだからとにかく夫婦の足並みを揃えてくださいっていうことをお伝えしているんですよね。
でも、現在は円満な家族をつくっているお二人ですら、全く足並みが揃っていないところからのスタートだったというのを聞いて、自分が今理想として患者さんを導かなきゃと思っている方向性が果たして合っているのか分からなくなってしまいました。
晴菜:そこはすごく大事だと思います。ただ、難しいですよね。私も夫と子どもに対する考え方が全然違うじゃんっていう温度差をかなり感じました。
鴨下:SOYAMAXさんは、それからどういう風に気持ちが変わっていきましたか?
SOYAMAX:最初は1週間くらい連絡できなかったんですけど、妊娠したという報告から生まれてくるまでに8ヶ月から9ヶ月あるじゃないですか。そこで、段々と父親になることへの覚悟ができてきました。

子育てへの不安

鴨下:お子さんがハーフということに何か心配事などはありましたか?
晴菜:そうですね。親がどちらも日本人で、子どもがハーフで何が悪いんだという気持ちでした。そもそも血縁を大事にするアジアの文化っていうのが自分には違和感があって、血は繋がっていなくても家族としての絆をすごい大事にするっていう考えの方が自分にはすごくしっくり合ったんですよ。それに、両親との違いが明確であれば、息子から「どうして?」って聞かれても応えやすいですし、小さな頃から伝えられると考えています。
鴨下:精子提供を検討されている患者さんに精子提供で生まれた出生を子供自身が他人に話した際に、奇異な目で見られたり、そのことでイジメにあったりと子供が不利益を被るのではないか』という不安を抱えている方がすごく多いのですが、この不安に対してはどう思いますか。
晴菜:そもそも、子供にとって親との関係性で悩む時期は必ずあると思うんですよ。血が繋がっているかどうかに関わらず、ほとんどの人が思春期に直面するカベがあると考えた時に、その子が悩むか、悩まないかは親次第。だから、親と血縁関係がないことが原因でイジメられるということは考えていないです。
SOYAMAX:不安は少なからずありますよ。ただ、やる前から不安を抱えていてもしょうがないなと思ってはいます。時代も変わってくるでしょうし、多様性についても寛容になっていくことを考えると、あんまり心配してないですね。
鴨下:このような不安を抱えているご夫婦には「当事者が堂々としていない限り、この治療の認知度は変わらないと思います。だからこそ、不安なのは分かるんですけど、当事者同士で世の中を変えていきましょう!」とお伝えしているんです。ここでいう当事者同士とは、治療を受けるご夫婦であり、またこの医療を提供する私たち医療者のことです。
晴菜:私も当事者の意識が大事だと思いますね。ただ、精子っていう言葉があまり良いイメージに取られていないというか、どうしてもエロのイメージで、本来セックスっていうものは子孫を後世に繋げていく素晴らしい行為なのに、ちょっと歪んだイメージが独り歩きしてしまっているから、抵抗がある人が多いのかなと思うことがあります。

精子提供の未来

鴨下:子どもは作れて当たり前と簡単に考えていたのに、突然自分はそうじゃなかったって診断されるのは、すごく大きな自信喪失になってしまって、そういう部分を患者さんは抱えていらっしゃると思うんですよ。そこの受容ができていない段階でこの治療を受けていくのはなかなか難しいのかなって思ったりもするんですけど、SOYAMAXさんはどう思われますか?
SOYAMAX:それはすごくあると思います。例えば、僕がこの歳までずっと健康で生きてきて、さぁ、子どもを作りましょうってなった時に、無精子症の診断を受けたとするじゃないですか。それを想像するとやっぱりね、傷つく部分ももちろんあると思います。
鴨下:だからこそ、子どもは作らずに生きていこうと考えていたと思うんですけど、実際産まれてみてどうでしたか?育ててみてどうですか?
SOYAMAX:違和感とかは特になかったです。今でこそハーフ顔ですけど、産まれた時は意外と日本人っぽいアジア寄りの顔をしていたので。
接していくうちに、「パパ、パパ」なんて言ってくれたら、当たり前ですけど嬉しいですし、あと、一つ夢があるんですけど、早くキャッチボールしたいんですよね。だからもうフツウの家族ですよ。
鴨下:SOYAMAXさんは、もし他の方と結婚していたとしても、その方に強い気持ちがなければ、お子さんを授かることはなかったですよね。どうですか?今の生活は?
SOYAMAX:めんどくさいですけど、楽しいですよ。すごく睡眠時間も削られるし、いろいろ不自由な部分が増えましたけど、でもやっぱりかけがえがないなって思います。
鴨下:最後にお二人から、精子提供者に伝えたいこと、そして、これから精子提供をしようと思っている人へメッセージをお願いします。
晴菜:精子を提供していただいたドナーの方へはとても感謝しています。こんなに可愛い子どもを授かることができて、とてもありがたいことですし、これからも大切に育てていきたいと思っています。「無いものを補助する」という考えの生殖補助医療のもと、困っている人への手助けの気持ちで一人でも多くの方が精子提供してくださることで、まわりに幸せな家族が増えるという事実を私たちはお伝えしたいです。
SOYAMAX:僕自身が骨髄バンクのドナーさんから頂いた命で生かされています。精子提供者さんも、新しい命を作るという意味では、同じように命のドナーさんだと感じているんです。だからこそ、献血とか骨髄バンクに並んで、精子提供が、同じような位置づけのヒーローみたいになればいいなと思います。

文:髙見すずは 写真:SOYAMAX氏ご提供(一部) 編集:平藤篤(MULTiPLE Inc.)

PROFILE

SOYAMAX(夫)

新潟県新潟市出身。本名、曽山尚幸。縁を筆をもって結ぶ書家「縁筆書家」として国内外を問わず活動。18歳の時に悪性リンパ腫(ステージⅣ)と診断され、闘病生活を送るなど元がん患者である経験から、多くの講演会にも登壇し、闘病生活から世界への挑戦について語っている。2014年に台湾へ講師として呼ばれたのがきっかけで海外活動が増え、現在は台湾在住。

晴菜(妻)

愛知県名古屋市出身。名古屋の消化器外科に勤めた後、沖縄へ移住。アメリカやヨーロッパだけでなく、インドやモロッコ、キューバなど20ヶ国以上の海外放浪歴があり、現在は台湾在住。日本一時帰国の際は、重症児に関わる仕事に従事。

鴨下副院長(聞き手)

医学博士 日本産婦人科専門医 生殖医療専門医 日本がん・生殖医療学会認定医がん・生殖医療ナビゲーター。2007年東京医科大学医学部医学科卒業。 2009年東京慈恵医科大学産婦人科教室入局、2010年東京慈恵会医科大学産婦人科教室助教、2012年東京慈恵会医科大学附属病院 生殖内分泌外来 2014年聖マリアンナ医科大学産婦人科教室にて、卵巣組織凍結、がん・生殖医療の臨床及び基礎研究に従事、2016年東京慈恵会医科大学付属病院にて生殖内分泌外来、がん・生殖医療の外来担当。2020年国立がん研究センター東病院にてがん・生殖医療外来を新設、専任。2021年9月よりはらメディカルクリニック勤務。著書に『誰も教えてくれなかった卵子の話』(集英社、2014年、共著)

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